僕の合格までの道のり【海外大学院受験記2021-#10】

XPLANE連載企画「海外大学院受験記2021」では、今年度海外大学院への出願を終えたばかりの方の最新の体験を共有していただいています。第10回の今回は、この秋から米国アリゾナ州のArizona State Universityの地理学専攻の博士課程に進学予定のケイさんに寄稿していただきました。

目次

1. 自己紹介

僕は、今秋からアリゾナ州立大学(アメリカ)で地理学の博士課程に進学をします。地理学の中でも僕は人文地理学を専攻し、アメリカのアジア系性的マイノリティたちのアイデンティティ形成と場所や空間の関係について、特に記憶の政治 (Politics of Commemoration) に注目して研究を行いたいと思っています。

地理学の研究領域は極めて広く、人文学、社会科学、自然科学がひとつにまとまった学問で、僕が専攻する人文地理学は人文学や社会科学に属し、自然科学的な研究分野は自然地理学と呼ばれます。地理情報システム(GIS)や地図作成の理論及び技術を研究する分野や環境地理学などこの2つの分野を横断的に研究する領域もあります。僕が知る限り、アメリカの地理学部の場合、専攻分野を問わず、出願の窓口も出願に必要な書類も同じです。しかし、専攻分野によって出願準備の仕方などが異なっているかもしれませんので、この受験記は自然地理学やGISを専攻する方にはあまり参考にならないかもしれません。あらかじめご了承ください。

また、人類学の博士課程にも出願をしました。人文地理学の隣接分野である文化人類学(人類学の一分野)でも僕の研究テーマを取り扱うことができそうだったことや、エスノグラフィーという文化人類学で主に発展してきた調査技法を使った研究するつもりであることから、地理学と人類学のどちらにするか迷いました。結局、8つの地理学プログラムと2つの人類学プログラムに出願しました。

さて、僕は現在、どこにも所属をしていません。2017年に国際基督教大学(ICU)を卒業し、オハイオ大学の修士課程(地理学)に入学しました。2019年に修了し、その後約1年の自由時間を満喫したのち、2020年4月に日本の民間企業に就職しました。しかし、入社して半年ほどで大学院に戻る決心をし、出願をしました。今年3月に会社を退職して、今は8月の渡米に向けて準備をしています。

2. 大学院留学を志した理由・きっかけ

もともとオハイオ大学に入学した際は、修士課程を終えたら博士課程に進むつもりでいました。しかし、修士課程で勉強や研究をしていく中で、博士課程やその後のキャリアで学問に取り組んでいくことへの自信がなくなっていきました。そこで大学院の教授に相談をしたところ、学問は献身であるから、その自信がないのであれば博士課程への進学はやめておいた方がいいという助言をもらいました。学問から一度離れてみて、もし学問が恋しくなったら、推薦状は書いてあげるから、その時に戻ってこればいいと言われ、就職を勧められました。みなさんがこの助言をどう思うかは分かりませんが、僕はその助言にすごく納得をし、就職することに決めました。

しかし、こういった経緯で就職をしたものの、実際に働いてみるとなかなか仕事に面白さを見出すことができませんでした。ただ、だからといって、すぐに大学院に戻ることは考えておらず、数年は働いてから考えようと思っていました。しかし、いろいろなことがあり、会社で働くことへのストレスがどんどんと溜まっていき、その年の大学院出願を徐々に考えるようになっていきました。そんな中、入社して半年が経った10月に、適応障害と診断され、療養休暇に入ることになりました。そして、休暇中に今後の人生についてゆっくりと考え、やはり学問というかつての夢に戻ることを決意し、再度アメリカの大学院に出願することにしました。

3. 出願準備

ここからは、出願の準備において特に注力したことについて取り上げて振り返ってみます。

3.1. プログラム選び

僕は、アメリカの大学院に絞って出願をしました。実は、アメリカにおいて地理学は主流な学問とはあまり言えません。というのも、20世紀に様々な大学が地理学部やその博士課程を閉鎖し、現在アメリカで地理学の博士号を授与している大学は限られています。一方で、イギリスやカナダの大学の多くは地理学の博士課程を擁しています。

しかし、それでもアメリカの大学院に限定をして出願をしたのには2つ理由があります。*1まず、アメリカの多くの博士課程では学生がティーチングアシスタントなどとして採用され、学費が免除され、給与が支給されます。なので、今回の受験に際して、外部の奨学金はひとつも応募しませんでした。もうひとつの理由は、カリキュラムです。アメリカの大学院は、博士課程でも最初の数年間は授業を受けなければいけない場合が多く、調査法の授業がしっかりとカリキュラムに組み込まれていたり、理論史の授業が必修だったりします。煩わしいと思う人もいるかもしれませんが、自分の修める学問の基礎を大学院レベルでしっかりと叩き込んでもらえる環境は僕にとってはとても魅力的でした。

具体的に出願校を選ぶ際は、各プログラムに強みや重点があるため、ホームページでカリキュラムや教授陣の研究テーマなどを調べたり、修士時代にお世話になった先生たちにもアドバイスをもらったりして、自分に合ったプログラムかどうかを見極めていきました。この際に、他学部の副専攻やサーティフィケイト*2のプログラムや、リサーチセンターなども調べると、自分の所属するプログラムだけでなく、大学全体が自分にマッチしているかどうかが見えてくると思います。なお、各ランキングやネームバリューも、そのプログラムの予算や卒業後の就職にも影響してくると聞いていたため、考慮しました。

また、プログラムとの相性を計る際には、自分の研究を指導できそうな教員が複数いるかどうかも見た方がいいというアドバイスを複数人からもらいました。例えば、指導教員が別の大学へ移動してしまった時やその人との相性が悪かった時、ひどいケースではハラスメントが起こった時などに備えて、その人に代わる教員がいた方がいいと言われました。加えて、合格結果が全て出揃って進学先を迷っていた際に、博士論文の副査をお願いできそうな教員が多い方がいいというアドバイスをある人にもらいました。副査候補が多ければ、もし主査である指導教員と副査の関係が悪くても、副査を変えることができるからです。

3.2. テスト

僕は、筆記試験を受けたくなかったのが理由のひとつになって日本の大学院を受けなかったくらい、極度のテスト嫌いです。なので、アメリカの大学院へ出願する際も、GREを受けずに出願できるプログラムに絞って出願をし、GREの受験が必須のプログラムはどんなに魅力的でも出願を諦めました。近年、アメリカの様々な大学院プログラムでGREを出願資格から外す流れができているように思いますが、さらに昨年はパンデミックの影響を考慮し、GREを今回に限って課さなかったプログラムも多くありました。加えて、英語圏で学位をすでに取得している人には、母語にかかわらずTOEFLやIELTSの点数の提出を免除するプログラムに限定をして出願をしました。

3.3. 教授たちへのメール

興味のあるプログラムで指導教員にしたい先生たちには、出願前にメールでコンタクトを取りました。メールには、研究テーマの簡単な説明やその先生の元で指導を受けたい理由について書きました。そして、次年度に新しい指導学生を受け入れる予定があるかどうかを聞きました。返事の来なかった先生もいましたが、オンライン面談の時間を作ってくれた先生もいました。さらに、在学生や卒業生にもメールしました。学生たちの方がいろいろと正直に話してくれるので、とてもいい機会でした。

個人的には、この作業は極めて大事だと思います。先生が新しい指導学生を次の年に受け入れる予定かどうかを知れるだけではなく、教員や学生たちから各プログラムについていろいろ学べたことは、受験校決めやStatement of Purpose(SoP)の執筆にとても役立ちました。また、教員たちに自己アピールをする絶好のチャンスにもなります。教員たちが興味を持ってくれると、選考に有利に働くことがあるとよく聞きます。選考プロセスはプログラムによって異なるので、選考委員会のメンバーでない人の意見が全く反映されないケースもあるかもしれません。しかし、そのような場合でも、教員が自分に興味を持ってくれれば、出願についての様々なアドバイスがもらえるかもしれません。面談をしてくれた先生の一人は、Statement of Purposeの添削を申し出てくれました。(気が引けてお願いしませんでしたが。)残念ながら次年度は指導学生を受け入れない予定の教員でも、僕の研究テーマに合っている他のプログラムを教えてくれる人もいました。

アメリカの大学院受験において、事前に教員たちにメールをすることはよくあることです。教授たちは多忙ですし、もちろん丁寧で失礼のないようにしなければいけませんが、決して気負いせずにメールすることを強くお勧めします。

3.4. エッセイ (Statement of Purposeなど)

Statement of Purposeは、まず各プログラムに応用できるテンプレートを作成し*3、それを基に、各プログラムの志望理由を付け加えるなどをして完成させました。志望理由を書く際には、そのプログラムの強みや特徴だけでなく、他の学部の副専攻プログラムや図書館が所蔵しているアーカイブなど、大学全体のリソースが自分の研究にとって適していることを強調するように心がけました。また、Statement of Purposeに加えて、自分のアイデンティティやそれ故の経験が大学やプログラムのコミュニティとしての発展や学術活動にどう貢献できるかについてアピールをするエッセイの提出を求めるプログラムもいくつかありました。

これらのエッセイの執筆にあたっては、アメリカ人の友達やアメリカで博士課程に在籍している日本人の友達にアドバイスをもらいながら進めました。XPLANEの執筆支援プログラムを利用したかったのですが、ぼーっとしていたら申し込み期限を過ぎてしまっていました。しかし、XPLANEが作成したガイドラインは大変参考になりましました。

4. 合格結果と進学先選び

出願した10のプログラムのうち、3つから合格を貰うことができました。4つのプログラムは補欠リストに入っていましたが、結局合格をもらうことはできませんでした。最終的な進学先は、指導教員候補の教授や在学生とオンラインで面談をしてプログラムや教授との相性を確認し、また推薦状を書いてくださった先生たちに相談しながら、決めました。実は、アリゾナ州立大学には元々出願する予定はなく、締め切りの2週間前くらいに出願を決めたので、ギリギリでしたが、決断をして本当によかったなと思っています。

今年の大学院受験はパンデミックに大きく影響されたと思います。パンデミックにより予算がカットされる大学が多く、ゆえに採用する大学院生の数を減らしたり、そもそも応募を止めたりするプログラムが多くありました。そのような状況の中で複数の合格をもらえたのは幸いだったと思います。

5. 今後海外大学院を出願する人へのメッセージ

これは海外大学院への進学に限ったことではありませんが、大学院進学と他の進路で迷っている人は、ダメだと思ったら大学院に進学をするつもりで後者を一度選択してみるのもひとつの方法かもしれません。僕は入社して1年で退社をすることになりましたが、企業就職したことに後悔はありません。学問を生業にすることに不安を抱えて別の道を選択したわけですから、学問の世界に再び進むことについて不安な気持ちは正直、今でもあります。しかし、短い間でも企業労働を経験したことで、ビジネスに自分が興味を持てないこと、そして何よりも、学問に向き合っている学者たちが僕にとって憧れの存在であることを再認識できました。就職を勧めてくれた修士時代の教授にはとても感謝しています。

(編注)

*1(執筆者より)僕のリサーチが不足していただけで、他の国でも同様の条件・環境が整っているかもしれません。あくまでも僕はこのように考えてアメリカの大学に絞って出願をしたのだと理解していただけると幸いです。
*2 アメリカの大学でしばしば見られる、正規入学とは別に特定の専門分野に絞って開講されるプログラム。必要単位を取得すると、学位の代わりにプログラムの修了証(サーティフィケート)が発行される。
*3 要求されるSoPの構成は多くの場合同じであるため、出願先によって大きく異ならない内容(大学院以前の研究経験など)は共通の文章を自分のテンプレートとして使うことができます。詳しくはこちらの資料を参考にしてください。
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